意識の彼方から色彩を汲む。蒼山大士氏、内なる対話が生む絵画世界

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近年、福祉を起点としたアートプロジェクトが注目を集めるなか、長野県大町市を拠点とするアーティスト、蒼山大士氏(あおやま・たいし)が静かな、しかし確かな存在感を放ち始めている。2024年、ヘラルボニーが主催する国際的なアートコンペティションで入選を果たし、その名を広く知られるようになった。

彼の描く鮮やかな色彩と抽象的なフォルムの背後には、自身の内面世界との壮絶な対話と、意識の深淵から汲み上げられた根源的な風景が存在する。

再起と「噛み合った歯車」

美術大学を退学し、一度は保育士の道に進んだ蒼山氏。しかし、社会の変化と自身の生活の中で心身のバランスを崩し、障害を負う事となる。それは、表現活動から距離を置かざるを得ない、長く困難な日々の始まりだった。転機となったのは、情報量の多い都市部から離れ、心穏やかに過ごせる場所を求めた長野への移住。そして、ヘラルボニーのコンペ入選という知らせだった。

「このチャンスを逃したくないなと思って」。

彼はその時の心境を静かに語る。これを機に本格的な再起を決意した蒼山氏は、10年近く続けてきたモノクロのペン画から、再び油絵へと舵を切る。その変化は、彼自身にとって決定的なものだった。

「いろんなところで噛み合わなかった歯車が、もう一度合ったような感覚があって。その時に、今生み出しているものを他の人に見ていただいたり届けていくっていうことをもっと積極的にしていきたいと思ったんです」

それは、長年の葛藤の末に見出した、自身の表現における確かな手応えだった。

「もう一人の自分」と創作の源泉

蒼山氏の創作プロセスは、彼の言葉を借りれば「自分の中にもう1人自分が生まれたような感覚」から始まる。病がもたらす体調の波は、彼に「動ける時」と「動けない時」という二つの状態をもたらす。そして、インスピレーションの源泉は、後者の「動けない時」に訪れるという。

「倒れていると、体から意識がポンと抜ける瞬間が何度かあって。その時に見た風景というか、違う場所に連れてかれるような感じがあるんですね。でもそれは苦しいものではなくて、ある種の安堵感であるとか、懐かしさを感じたんです」。

それは、彼が「自分が生まれる前に居た安堵感」を感じるような、根源的な記憶にも似た体験だ。意識が肉体を離れ、浮遊するなかで見る光や色彩、そして安らぎの感覚。制作とは、肉体に意識が戻り、再び筆を握れるようになった時に、その時に得た「知見」や「感覚」をキャンバスへと書き起こす作業なのだという。

彼の作品が放つ、時に穏やかで、時に鮮烈な色彩のハーモニーは、この特異な知覚体験に裏打ちされている。それは単なる心象風景ではなく、彼岸と此岸を行き来する魂が見た、生の輝きそのものなのかもしれない。

絵画は世界と繋がる「コード」である

蒼山氏にとって、絵画は自己表現の手段であると同時に、他者と、そして彼自身が垣間見た世界とを繋ぐための媒体でもある。

「僕がたどり着いたところと(鑑賞者が)繋がるツールやコードに絵がなったらいいなって思っていて。それが今のインスピレーションの源泉や始まりになってます」

作品は、鑑賞者が蒼山氏の感じた安堵感や美しさと共鳴するための「コード」となる。作品を介して、障害の有無や個々の背景を超えたコミュニケーションが生まれる。蒼山氏の言う「コード」とは、まさにその接点を生み出すための鍵なのだ。

未来へ向かう視線――巨大なキャンバスへの渇望

現在、寝室をアトリエとして制作を続ける蒼山氏だが、その視線はより大きなスケールへと向けられている。

「今後はもっと大きな絵を描いてみたいです。より身体のストロークも大きくなることで絵の中で新たな層が生まれ、自分が観た感覚というものにより近づいていけるのでは、と」。

自身の体験した広大な感覚を、物理的な空間へと展開したいという強い欲求。それは、**「点から線から面になって、もっと立体的に自分が感じたことを表現したい」**というヴィジョンに繋がっている。

幸いにも、その夢を後押しする動きも始まっている。マツモトアートセンターの活用や、12月に予定される自身の個展。多くの人々との連携の中で、彼の表現世界は新たな次元へと向かおうとしている。

自身の内なる「表裏一体」の現実と向き合いながら、そこから生まれる普遍的な光を描き出すアーティスト、蒼山氏。彼の絵画は、私たちが生きるこの世界の、もう一つの姿を見せてくれるだろう。その静かなる挑戦を、注目したい。

蒼山大士(あおやま たいし)

  • 国際アートアワード「HERALBONY Art Prize 2025」ファイナリスト(全65名)に選出。展示会「HERALBONY Art Prize 2025 Exhibition Presented by 東京建物|Brillia」(東京・大手町)へ出展。
  • •Instagram(@hanataishi)にて連作や新作を定期的に発信。
ナナイロマグ編集部
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