多くの方にとって馴染みのない用語をここで説明致します。
障害に関する用語
障害の医学モデル
医学モデルとは「個人モデル」とも呼ばれ、医学的観点から障害と診断されたものが障害であり、個人に対する治療によって障害をなくすという考え方である。つまり、障害による障壁・困難は個人が解決するものであり、個人は治療によって社会に適応していかなければならない、というもの。
障害の慈善モデル
慈善モデルとは「悲劇化モデル」とも呼ばれており、障がい者は、助けが必要で、憐れみや祈りを捧げる対象であり、障害は個人の問題であり続けているもの。
障害の社会モデル[重要]
障害の社会モデルとは、障害を個人の特徴の1つではなく、主に社会によって作り出されたものとみなす考え方である。社会によって作られた制約に着目し、障がい者のニーズに対して公平な社会的・構造的支援が提供されているかどうかを問題にする。
→1970年代後半にイギリスで始まった、あらゆる活動家・アーティスト・創造者を巻き込んだ障がい者アート運動で、障害の社会モデルが浸透した結果、”(イギリスでは)時代遅れの障害の医学モデルは大部分で姿を消し、障害の社会モデルを人びとは”得ています”という。同時期に障がい者の権利運動が起きたアメリカでもこの社会モデルの存在は一般的に認識はされているようである。
障害とアートの要素が交差した形式のアートの種類
アートセラピー
心理療法に基づき、アート活動を感情表現を促す医療処置の構成要素として、または価値の高い社会的実践として提供する活動である。アートセラピーの対象者は、薬物中毒者・囚人・障害を持つ子ども・精神的健康に問題を抱える人など、生活に支障を持つ人びと(時にはそれらの人びとの周囲にいる人びとも合同で)である。
→”セラピー”であるため、制作物自体ではなく、制作過程が重視される。従って、アート作品として認識されない可能性がある。また、アートセラピーを受ける人は「患者」として扱われるため、その人には治されるべき医学的問題があるという、偏見を生む可能性が指摘されている。
アウトサイダー・アート
1900年代初頭にアートの歴史家・精神科医であったHans Prinzhornが、自身の精神病院の患者の作品を収集・本として出版したことがきっかけで生まれたものである。アーティストである患者の作品は、規範から外れ、精神的に健康な人が抹消しようと試みる特定の精神的状態から力を得た、独創的な作品として評価された。アウトサイダー・アートは障害を持つアーティストではなく、彼らを通じて生み出された「生(なま)」という感覚と「独創性」に焦点を当てており、それが作品の評価の鍵となり、(主流の)芸術界の外にいるということが、重要な評価要素となっている。
→つまり、”主流”のアートの外であり続け、”障害による結果”が作品に期待されているのだ。
障がい者アート[重要]
1960年代以降のアメリカとイギリスでの障がい者の社会運動から生まれた障がい者アートは、障害を持つ人びとの間では、障害を持つ(という経験/状況)を表現する強力な手段/力と認識されている。
- 障がい者アートの力を強調した定義: 障害を持つ鑑賞者への注目を集める集団的活動であり、大勢の障害を持つ人びとが障がい者であるという自己確立にとって重要な社会的力学を、鑑賞者の目の前で実際にアートの形で構築し、それに強く心を動かされる重要な空間を創出したものである。
- 障がい者アートの力を控えめにした定義: 障害に対する文化的概念を肯定的なものに変え得り、障害の慈善モデルの認識を超えた、肯定的な障がい者としてのアイデンティティを培うものである。
現在は主流のアート鑑賞者に、障害の社会モデルに基づき、障害は基本的に社会的抑圧であることを、障害関連の事柄とそれ以外の事柄を組み合わせた形のアート活動(とその結果である作品)を行い、見てもらいたいと考えるアーティストの作品のことを指す。彼らの作品は、障害を持つ人びとへの差別的態度への挑戦であると解釈されている。彼らはアートに関する議論を、広義で障害と関連する美学的可能性を試みる方向で展開し、障がい者アートを隔離された立場から主流のアートに何とかして進出することであるように思われる。
→重要な点は、”障害を持つアーティストの作品≠障がい者アート”である。障がい者アートは、アートの題材が障害に関係しており、それを意図しているものである。
障害美学
アートの歴史家と学芸員の観点から構築された概念で、アートの歴史の再考とアート作品の芸術的価値の中で障害の要素を評価する枠組みである。障害美学の概念は、美学的に”障害”は、人間が置かれ得る状態の想像力の強化に寄与する、近代美術の発展に重要な要素であるという認識を向上させ、美学に対する考察過程の再考と障害を持つ人びとへの社会的空間の開放を起こした。障害美学は、障害が障がい者に対する蔑視の原因であることの解消には寄与していないものの、障害に対する認識の変化への考え方を提供した。
→つまり、障害も美学的観点で評価される要素であるとする考えであり、Vincent van GoghやFrida Kahloの作品は、障がい者アートには含まれないが、障害美学として評価される要素を持っている。
宗教・思想における障害の認識のされ方
ヒンドゥー教
障害をカルマ(行為の結果として未来に影響を与える力)と輪廻(生ある者が生死を繰り返すこと)の視点から捉えることが 多く、多くの教徒は、生き物の誕生の巡りは前世での行い次第であり、今生きている人は、その誕生の巡りの結果であると考えられている。従って、障害を持つことは、前世でのその人の罪深い生き方、または神/女神の怒りをかった強欲な行いの処罰の結果と捉えられている。ヒンドゥー教の神話でも、障害は邪悪/好ましくないものとして描写されている。
→だが、同時に、ヒンドゥー教の様々な聖典で、万人が生まれつき持つ、身体的・精神的状態に依らない、森羅万象を動かす力と価値を強調しており、それら聖典の一つバガヴァッド・ギーターは、平等の原則に重点を置いて[…]個人は身体能力ではなく、実際の行動によって評価されるべきだと示唆している。
イスラム教
イスラム教で万人はアッラー(神)の創造物であり、身体的・精神的能力に依らず、生まれ持って大切な尊敬と尊厳を享受できる存在であるべきであるとされている。イスラム教徒は、脆弱な障害を持つ人に対する配慮がアッラーに見られている義務・宗教的習慣であるため、配慮ある行為を遵守している。
→否定的には捉えておらず、(仏教の言葉で言えば)慈悲の心を持って接する対象とされている
ユダヤ教・キリスト教
ユダヤ教とキリスト教の聖典旧約聖書で障害は、神からの罰であるという考えが示されている。だが、新約聖書ではイエスキリストが障害を持つ人に慈悲心を持ち接する場面がいくつかあり、それを、障害を持つ人の存在は、他人への慈悲・包摂・奉仕の実践機会を与えてくれるものである、という教えであるとする解釈が浸透したという。
→だがヒンドゥー教同様、旧約・新約聖書共に、万人は神の想像の中で生み出されたものであり、[…]生まれながらに貴重で愛・尊敬・尊厳を享受するに値する存在であるとしている。
儒教[重要]
儒教の原則である身言書判は、 人格者(儒教の道徳を身に付けた教養人)とされる者は、身体的健康・コミュニケーション能力・識字能力・判断力を有していなければならないとした。これは、障害を持つ人びとはそれらの基準を満たさないため、儒教思想では、低い社会的地位に位置することを暗に示している。
仏教[重要]
一派的に障害は業(カルマ)によるものだと解釈され、前世で犯した罪の結果であるとされる。アジア地域内での比較調査によると、人びとが未だに障害をそのように理解していることを発見した。障害を持つ人びとの中からも、障害を“前世/現世での積み重なった過ちに起因する、自ら獲得しに行った悲劇である”と描写する人もいるという。
優生学[重要]
19世紀末~20世紀半ばに多くの先進国で受け入れられた考え方で、進化論と遺伝学を人間に当てはめ、集団の遺伝的な質の向上を信念とした様々な行動が実践された。優生学の実践には歴史的に、”生殖適性者”に生殖を促したり、”生殖不適切者”への結婚禁止や強制不妊手術(断種)等があり、”生殖不適切者”とされた人びとには、障がい者・犯罪者・少数民族が含まれることが多かった。
健常者優先主義[重要]
能力のある人が優れているという考えに基づく、障がい者に対する差別と社会的偏見とその態度を指す。その根底には、障害の医学モデルの考えである、障がい者は「治る」必要があるという考えがあり、診断された障害で人を判断するものである。この考えは、人種差別やジェンダー差別と同様に、ある集団全体を「劣ったもの」として分類し、障害を持つ人びとに対するステレオタイプ・誤解・一般化を生む危険を孕む。
障がい者の正義[重要]
アメリカにおける考えで、私たちの毎日と私たちを機能発揮をできなくさせる採取経済(搾取と抑圧という資本主義制度の1つの形態)下の社会的機関を健常者優先主義がどれ程に形成しているかを問いただす考え。
その他重要な用語
パフォーマンスアート
”通常、身体を体験や物語を創造するツールとして使い”、アーティストや参加者がライブまたは録画された自発的なアクションや脚本に基づくアクションを通じて創造する芸術形式のこと。
サウンドアート
音を主体として表現するアート。音を制作の要素として組み込み、音そのものの魅力を体感することを目的とする。
クロスディスアビリティ
身体・知的・精神障害等の、障害種別の枠を取り払った/超えた形で、障害を捉える考え方。
社会(的)正義
社会の構成員である人びとが平等に扱われ、社会全体の福祉の保障と秩序の維持を実現すること。また、そのために社会の構成員の各人が持つべき考え・心のあり方や・守るべき社会ルールを指す。
ジェンダー
文化的・社会的に構築された性差の概念であり、出生時に割り当てられた性別とは区別されるものである。
クォータ制
人種・ジェンダー・宗教等を基準に、一定の比率で人数を割り当てる制度のこと。
福祉国家
国による医療・所得・雇用等の社会保障政策により、資本主義によって生じた貧困等の社会的問題に対処し、人びとの生活の安定を目指す国家のこと。また、国の支出に占める社会保障費の割合が高い国を指す場合もあり、その意味で代表的な福祉国家として北欧諸国が挙げられる。
精神遅滞(侮蔑的表現)
別名知的障害と称され、精神の発達が停止あるいは不全の状態で、認知・言語・運動・社会的能力に障害があること。
自己認識
自身のアイデンティティの確立の過程であることである。(アイデンティティとは、(ある時点での)状態または個性の構成形式である)
反精神医学運動
1960年代に現れた精神医学での思想的な動きで,身体病に倣い築きあげられた伝統的な精神医学の疾病論を否定する立場である。精神病者を収容し治療することへの異議を唱え,障害を持つ人へのレッテル付けを家族を含む社会が行っている、と主張するものである。
体系的差別
組織(必ずしも企業や団体とは限らない)の構造(要素)の一部である、行動パターン・方針・実践で、特定の集団(特定の人種に属する人など)に不利な状況を生み・維持させるもの。
ニューロダイバーシティ
発達障害などの非定型的な発達を個性と捉える概念であり、ニューロダイバース(な)は、その形容詞形。
ポストコロニアリズム
植民地主義や帝国主義の文化・政治・経済的遺産を批判的に学術的に研究するもので、植民地化された土地やそこの人びとに対する支配や搾取の影響に焦点を当て、(通常はヨーロッパの)帝国権力の歴史・文化・文学・言説を批判的に理論的に分析するものである。
脱植民地化
ここ数年は特に歴史や美術等の領域で、実践的な課題とともに論じられおり、学芸員・美術史家・市民社会・出資者の関心事として定着しつつある。多数派を中心に構築されてきた秩序・説明的言語の体制をどう解体していくかという問いには、法的・政治的・社会的・学術的な、何らかの行動がセットで求められるという。つまり、これは、健常者が大部分を支配してきたアート界を変える、という意味合いであると考えられる。
授産施設
一般就労や十分な収入の確保が難しい人を対象とし、就労・スキル習得・自立を支援する施設。日本では、2011年にそれら施設は閉鎖され、就労系障害福祉サービスで提供されるようになった。
エコシステム
元々は”ある領域(地域や空間など)の生き物や植物がお互いに依存しながら生態を維持する関係のことを指す生態系”を指す用語だが、社会システム(共通の目的のために意識的に調整された、2人以上の人間による協働活動や諸力の体系)に巻き込み、組織の枠や国境を超えて広く共存共栄していく仕組みや、アート界の主流に要素として含めることを、今回の調査では指す。
文化的エコシステム
人の「五感」を刺激し、審美眼を備えた感性と創造力を生み出す、質の高い、本物の文化芸術に日常的に触れられる環境があり、自発的に文化・芸術を学び、表現できる場が存在することで、アート・創造的な分野で活躍する人材の育成・引き寄せが可能な社会構造のこと。
統合教育
障害児が健常児と共に教育されることをいう。
デイサービス
日常生活でできることを増やすための機能訓練や、利用者同士のレクリエーションといったものが行われ、利用者の生活の質を高めるサービスを提供する。
全制的施設
学者Erving Goffmanが、刑務所や精神病院等、多数の類似の境遇にある人びとが、相当期間社会から隔離され、閉鎖的で形式的に管理された日常生活を送る場所を指す単語として生み出した言葉。
公平性
全員に差異なく同じ対応を取るのが平等性であり、個々に合ったものを目的に合わせて提供するのが公平性である。
社会史
従来の歴史学に対し、人間が存在する空間の生態系や環境等の全ての日常生活状態の把握のため、隣接諸科学の方法・視点・成果を多面的に取り入れ、人間とその社会を深層から全体的・具体的に分析しようとするもの。
公民権
(国毎に多少の差異はあるが)一般的に、人びとの身体的・精神的完全性/生命/安全/差別からの保護/プライバシーの権利/思想・発言・宗教・出版・集会・移動の自由の権利を保障する。
エリート主義
資産・知識・特別な訓練・経験等の属性などにより区別される個人の集団(エリート層)に対する信頼や態度であり、彼らが社会で重要な役割を担い、建設的な行動を行い、統治するに適した技術や能力や見識を持っているという考え。
社会的排除
生まれ持った障害・疾病・家庭環境・失業・貧困等により、社会やコミュニティから排除・取り残されている状況のこと。
交差性
複数の種類の差別が組み合わさり相互に影響し、単一の差別を受けた場合とは異なる独特で特有の影響を及ぼすこと。
インスタレーション(・アート)
1970年代に出現し、元々は、設置する場所・環境・空間・状況等の特性や関係性を強調する傾向と、選ばれたものや材料に関する概念・歴史性・用法等の意味を重視する傾向を持つ設置作品が主要であったが、現在では、映像・サウンド等の「装置」や時間性・非物質性も付与され、インスタレーションの構成要素となっている。
ソーシャル・プラクティス
それと同義またはその中でアートに特化したものをソーシャリー・エンゲイジド・アートと呼び、アーティストの対話/討論や、コミュニティへの参加・協同等の実践を行い、社会的価値観の変革を促す活動の総称である。
ナナイロサポーター:Mai
