長野県・駒ヶ根市の福祉施設「西駒郷」で、劇作家・越智良江さんが約1週間の滞在制作を行った。本プロジェクトは一般社団法人ナナイロが企画する「対話アート2025 A.I.R」のアーティスト・イン・レジデンス企画として実施され、越智さんが西駒郷にて、利用者や支援者と共に過ごし、共に創造するプロセスから生まれたパフォーマンス作品「傍、行きて、春、その時まで」は、映像作品としても記録された。
インタビュー記事は以下リンクで公開されている。
対話アート2025 A.I.Rの展示は、松本市内の JR松本駅 自由通路/栞日/マツモトアートセンター の3会場で、福祉と演劇の接点から生まれた新たな表現として展示公開された。
西駒郷で生まれた「平和な景色」

舞台として設定されたのは、施設の芝生に敷かれた 長さ24メートル・幅3メートルの布。
利用者は歩き、座り、走り、立ち止まり、時に俳優や支援者と手をつなぐ。その足跡や動きが絵の具の色として布へ移り、まるで「その人の人生の軌跡のような道」が立ち現れる。
演劇で参加した俳優の春日井一平さんは、現場で生まれた体験や交流の価値についてこう語る。
「(映像作品は)お酒を作ったあとの酒粕みたいなもので、本当に価値があるのは、あの輪の中に入り込んで“お酒そのもの”を一緒に味わえた時間のほうなんじゃないか。あの瞬間に立ち会えたことこそが、この場所にとって大事だったと思う。」(春日井一平/俳優)
その他にも参加者のコメントを紹介する。
「本当に“平和な景色”でした。その穏やかさがどう生まれているのかを考えると、まず越智さんが西駒郷の環境を丁寧に観察し、あの舞台空間を形づくったことが大きいと思います。そして、あの場で見られた表情や現象、行動のすべては、日頃から西駒郷のスタッフさんがどのように利用者と関わっているか──その積み重ねがはっきりと見えました。」
「想像していた以上のスケールで驚きました。見る側も“何が起きるんだろう”とワクワクしていましたし、初めての環境で緊張している利用者さんもいたけど、線を引き始めると、ひとりひとりの表情が柔らかくなっていくのを見ると、こちらも嬉しくなりました。」
「あれだけ平和な空間が生まれ、みんなが笑顔になったことが印象的でした。もちろん、特別な場面ではあったけれど、同時に“これはきっと日常の延長なんだろうな”とも感じました。この姿をもっと多くの人が見られれば、福祉に対するイメージ──“大変な世界”という固定観念──が変わっていくのではないかと思います。」
「あの90分間は、本当に平和で、楽しくて……まるでこの世のものとは思えないような時間でした。」
これらの言葉は今回の越智さんパフォーマンスをよく表している。滞在期間に利用者や支援者と共に過ごした時間が、舞台にリラックスした雰囲気を創り出し、西駒郷における日常の風景 を、自然体のまま引き出していた。
作家としてのエゴを捨てた舞台現場

作家選定の段階で、西駒郷の小川さんが最も注目したのは、越智さんが「最終的にどういう形にするかを決めない」と明言していたことである。
「福祉施設は、最初に『これをやる』と決めても、その通りにはいかない場所なんです。
越智さんは“決めない”と書いてあった。その一文で、この現場をきちんと理解してくれる人だと思えた。」(小川泰生さん/西駒郷)
多くの応募作家が、事前に作品の形や進行を固めて提案していたなかで、越智さんは、福祉の現場に入ってから“自然発生的に生まれるもの”を探し、その場に応じて形を見つけていくという方法を選んでいた。当初は「自然の絵を描く」プランを想定していたが、西駒郷の小川さんから実現の難しさを示唆された際に、越智さんは「初期プランを一度すべて捨てて」方向転換した。
「アーティストのエゴでつくらない現場にならないといけない、それがとても印象に残ったことです」(越智良江さん)
こうした“作品よりも現場を優先する姿勢”は、受け入れ側から見ても、福祉施設という特異な環境において非常に重要な姿勢であり、このプロジェクトが成立した最大の理由だ。
松本市内3ヶ所での展示レポート
JR松本駅 自由通路



改札口を出たアルプス口側の自由通路に立つ木組みの小屋には、パフォーマンスで使用された衣服や布が展示されている。絵の具が付着したシャツやパンツは、越智さんと西駒郷の利用者との触れ合いの記憶を纏った「記録」。そして日常の動線の中に、福祉の現場で生まれた時間が写真として展示されており、通行人は空間の中に溶け込み、息遣いを体感できる。
駅という日常の空間に現れた「歩み」の痕跡。それは西駒郷の利用者が営む日々の延長である。
栞日

「栞日」では、作品でも使用された24メートルの布が空間全体を埋めるように展示された。使用された利用者の歩行や自転車のタイヤ跡、小さなスニーカーの軌跡が布に残されている。また、利用者に合わせて使われた自転車や靴が展示されている。
展示されているオブジェクトは、個々の日常の息遣いの具体性を思い出させる。
マツモトアートセンター


マツモトアートセンターでは、映像作品が上映されている。白いディスプレイの周りには作品制作の中で作られた布や、足跡をイメージする靴などが展示されており、映像作品とともに楽しめる。そしてディスプレイを取り囲む、西駒郷で取り交わされる日常の言葉たち。
それと共に、観客席をインスタレーションするという意味で、椅子が並べられており、演劇的要素を考慮した展示となっている。
(椅子を並べることにより)ハプニングの良さー初々しさが、ストリートを美術空間として機能させています。…つまり、美術=芸術という可塑性のなかで越智さんの演劇思考が活きているわけです。(北澤 一伯/マツモトアートセンター)
展示を振り返って

撮影者の山本氏は「演劇と制作過程が同時進行する現場は初めて」と振り返る。映像作品には、演劇としてのライブ感と利用者それぞれが自分のペースで歩き、思いのまま色を刻んでいく姿が捉えられている。
「傍、行きて、春、その時まで」は、歩くという動作を切り取りながら、生の脆さ、優しさ、誰も決して1人では歩けない、「誰かと共に生きていく人生だ」ということをタイトルに込めている。
「映像は結果であってそれまでの過程とかこれから先のことの方がメインだと思っている」と越智さんは述べる。
「作品」は、その場に集い、共に時間を過ごした人々の関係性から生まれた表現だ。芝生の上に敷かれた24メートルの長い布に残る色やにじみは、利用者や支援者だけでなく、この場所を訪れたすべての人の“歩みの記録”であり、出会いと対話が重なり合った軌跡そのものだ。
福祉と演劇が交差する場所に、新しい表現が確かに生まれうるということを、このプロジェクトでは感じた。
映像作品の感想
最後に映像作品を見た感想を一部ご紹介します。
- みなさんの笑顔が素敵でした!見ているこちらも楽しい気持ちになりました!
- 私も関わってみたいです
- 皆さんの楽しそうな姿に元気を貰いました
- 楽しいがすごく伝わってきました
- 利用者さんたちの笑顔が素敵でした。
- 個性を表現している姿が素敵でした
- 個性があってとても良かったし、あの人達と関わってみたいとおもいました。
- 今後やってみたい表現の方法などはありますか、
- みんなの個性を感じました
- みんなが笑顔で素敵でした
- みんなが個性的で、良い人達でとても良かったし、
- すごく楽しいのが伝わってきました
対話アート2025 A.I.R 映像作品 「傍、行きて、春、その時まで」 越智良江@ 西駒郷
作品について
本作品は、2025年10月に実施された、劇作家・演出家の越智良江によるアーティストインレジデンスの成果の一つであり、知的障がい者施設「西駒郷」の利用者および支援員と共に創作されたパフォーマンスである。施設の芝生の上に長さ24メートル、幅3メートルの布を敷き、その上を利用者がさまざまな方法で歩む様子を通じて、共に生きる事、人生の儚さと美しさを表現した。 このパフォーマンスの核心は、布の上を車いすや歩行器、手を取り合う支援によって歩む行為と、その後ろに絵の具を用いて記される道の記録にある。利用者一人ひとりに合わせて特別に作られた特製ブラシや道具を用い、試行錯誤を重ねながら創作されたこの作品は、参加者の身体的な動きと絵の具の滲み、交わりによって、次第に虹色の美しい模様へと変化していく。個々の人生の歩みと、その交流による共鳴を視覚的に表現したものであり、まさに人生そのものの多彩さと調和が象徴的に表現されている。 単なる芸術表現を超え、障がいを持つ人々と支援者、そして観る者との深い感動と思索を促す。支援員の方々の献身的なサポートと協働は、作品の核心をなすものであり、その姿勢は、芸術と福祉の融合の理想的なモデルとして高く評価されるべきものである。 作品のタイトル「傍、行きて、春、その時まで」には、隣にいる人と共に歩み続けるという、生命の連続性と希望を象徴する意味が込められていると同時に、「春」「その時まで」という表現には、人生の終焉を迎える時まで、あるいは障がいに対する偏見や差別が根絶されるその日まで、という願いと決意が内包されている。芸術を通じて社会的な偏見を俯瞰し、共生と理解の未来を模索する作品。
作 家:越智 良江(劇作家・演出家)
俳 優:春日井一平さん、大石丈太郎さん
ダンス:石川かおりさん
映 像:山本宏高さん

越智良江
劇作家・演出家
広島⽣まれ・東京在住。(⼀財)地域創造リージョナルシアター派遣アーティスト。瀬戸内国際芸術祭、新潟越後妻有大地の芸術祭、UNMANNED無⼈駅の芸術祭など、各地での固有の創作を得意とする。放課後児童クラブ・⾼齢者施設・養護施設・企業・公共ホール等の WS やアウトリーチも数多く⾏う。今後の活動に新潟市「小須戸ARTプロジェクト」、⻘森県⼋⼾市はっち開館15周年記念 「ア・ライブ」、香川県直島町 直島こども劇団「(タイトル未定)」など。
instagram: @ochiyosshii
