「支援者さんが幸せじゃないと、利用者さんも幸せにならない」対話アート2025 A.I.R 越智良江インタビュー

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長野県・駒ヶ根市の福祉施設「西駒郷」で、劇作家・越智良江さんは、利用者と支援者とともに“歩く”という行為を核にしたパフォーマンス作品を生み出した。

展示レポート記事は以下をご参照いただきたい。

対話アート2025 A.I.Rでは、アートと福祉の現場をマッチングするアーティスト・イン・レジデンスを試みている。参加アーティストである越智さんは、滞在を通して何を見つめ、どんな問いを抱えたのか。作品制作の裏側にある、支援と表現の本質を聞いた。


演劇は、その人の“人生”が表れる場所

──今回のA.I.Rに応募したきっかけは?

越智:実は過去に、養護学校でのワークショップがうまくいかなかった経験があり、ずっと引っかかっていました。「演劇は福祉や医療の現場で何ができるんだろう?」と。そんな時にナナイロさんの公募を見つけ、「もう一度チャレンジしてみよう」と思いました。

演劇は、言葉や身体を通して、その人自身や人生が滲み出る総合芸術です。音響、衣装、美術など、誰もがどこかで力を発揮できる。だからこそ、ここで一緒に作品をつくれるかもしれないと感じました。

捨てた「初期プラン」。そこから始まった

──最初の構想から大きく変わったと伺いました。

越智:下見に来た時は、山や川などの風景を一緒に描くつもりで道具を用意していました。でも小川さん(施設スタッフ)から「それは難しいかもしれない」と言われて……そこで一度、すべてのプランを捨てました。

そこから「誰もが参加できることは何か?」を一から考え直しました。歩ける人、車椅子の人、歩行器の人、みんなが同じ場にいられる方法。結果として“歩く”という行為にたどり着いたんです。「歩く」という行為を通じて、その人の「奇跡(軌跡)」や「足跡(痕跡)」を「表現」することになると思いました。

「アーティストだけじゃ無理」――現場で生まれた工夫

──実際の制作はどう進められたのでしょう?

越智:最初は足裏にインクを塗って歩いてもらう計画でしたが、利用者さんが「気持ち悪い」と感じたんです。その瞬間、「この案はダメだ」と気づきました。

そこからスタッフさんが、一人ひとりに合わせて道具や方法を考えてくれました。スタンプで押す、車椅子に装着する、紐で引く……。アーティスト一人では決して思いつかない工夫ばかりでした。

私自身「これでいいのかな」と葛藤することもありましたが、みんなが同じ空間で何かを生み出すこと自体が“演劇”なのだと痛感しました。

一緒に食べ、過ごした時間がつくった「信頼」

越智:アーティストと施設、どちらか片方では絶対に成立しなかったと思います。何日も一緒に過ごし、ご飯を食べ、雑談して……その積み重ねがあったからこそ、あれだけ多くの利用者さんが参加してくれた。

演劇はライブにこだわる分野です。同じ場所で、同じ時間を共有することに意味がある。今回の滞在で、演劇が持つ「現場性」の力をあらためて感じました。

映像は“結果”。本当の価値はその前後に宿る

──今回、映像作品も制作されています。

越智:映像はあくまで「結果」です。本当のメインはそこに至るまでの時間と、その先に続いていく関係性。今回作成した映像と、ドキュメンタリー的な映像の2本をつくる予定です。ただ、あの場で生まれた感動は、映像にすると1/5くらいになってしまうとも感じています。

展示は“ライブの残りかす”のようなものでいいと思っていて(笑)。布や痕跡が観る人の想像力を喚起する展示を、これからもっと考えていきたいです。

「支援者が幸せでないと、利用者は幸せになれない」

──今回、越智さん自身の視点にも変化はありましたか?

越智:最初は、昨日も話しましたが“利用者さんのために”と思って始めたんです。楽しい時間を過ごしてもらいたい、少しでも新しい体験をしてもらいたいと。でも実際に過ごしてみて、支援者さん──支援する側が幸せでないと、結局利用者さんも幸せになれないんだと強く感じました。結論として、今回は支援者さん側に立った作品になったと思っています。

この体験を通して、やること・見ること、あるいは少し外側から自分を見つめ直すような時間になったり、ふと立ち止まって振り返るきっかけになったりしたらいいなと。結果として、そちらに重きを置く形になりました。

“毎日”に宿る演劇的な瞬間

越智:演劇の現場では、俳優が演技の中で発した言葉が、利用者にとって“現実の出来事”として受け止められてしまう場面がありました。「今日カレーだよ」と言うと「ほんと?」と期待してしまう。「手つないで行こうか」と声をかけたら嫌がって走って帰ってしまう人もいた。

俳優は思わず「がっくり膝を折る」ような場面もありましたが、でも私は、その一連の出来事を見て“人生そのものだな”と思いました。特別な毎日じゃなくてよくて、価値があるのはむしろ特別ではない日常の揺れや距離の変化なんです。

明日はもしかしたら手をつないでくれるかもしれない――その小さな“かもしれない”で十分だと思うようになりました。どんな方の毎日も、どんな人生も演劇になる。その可能性に触れられたことが、今回いちばん大きな学びでした。

タイトル「傍、行きて、春、その時まで」に込めたもの

キックオフ時のアーティストトークより、左から小川泰生氏(西駒郷)、越智良江氏、長尾牧子氏(西駒郷)

越智:滞在中、利用者さんと支援者さんが支え合いながら歩く姿を見て、「ああ、一緒に歩むってこういうことなんだ」と強く感じました。歩行器を押しながら、誰かに寄りかかりながら、一人では難しくても誰かと共に歩くことで前に進んでいく。その姿は、私たち自身の生き方ともまったく同じだと思ったんです。そうした“共に生きる人生”を表したくて、「傍、行きて、春」という言葉を選びました。

「その時まで」には二つの時間が重なっています。ひとつは、生まれてから死ぬまでという人の一生。そしてもうひとつは、偏見や差別がなくなる“その時”まで。もし世の中から偏見がなくなれば、こうしたプロジェクトは本来必要なくなるはずです。でも現状ではまだ必要だからこそ、私たちは寄り添いながら共に歩き続ける。その思いを、利用者さんたちの背中を見ながら強く感じました。

ライブにこだわりたい

越智:今回の滞在で強く感じたのは、「一番大切なことを見落とさない」という姿勢です。誰が来ても参加でき、関わることができる形をつくること。その根っこにある考え方は、これからも変わらないと思っています。“歩く”という行為にたどり着いたのも、どんな人でも参加できる方法を探していった結果でした。

そしてやはり、私は“生(ライブ)”にこだわりたいと強く思いました。演劇は、その場にいて、一緒に時間を共有してこそ意味がある。映像になると、どうしても感動は薄まってしまうんですよね。会って、話して、触れて、「こういう人なんだ」と身体で知ること。そうした触れ合いの場を、これからの活動でも大切にしていきたいと感じています。


対話アート2025 A.I.R 映像作品 「傍、行きて、春、その時まで」 越智良江@ 西駒郷

作品について

本作品は、2025年10月に実施された、劇作家・演出家の越智良江によるアーティストインレジデンスの成果の一つであり、知的障がい者施設「西駒郷」の利用者および支援員と共に創作されたパフォーマンスである。施設の芝生の上に長さ24メートル、幅3メートルの布を敷き、その上を利用者がさまざまな方法で歩む様子を通じて、共に生きる事、人生の儚さと美しさを表現した。 このパフォーマンスの核心は、布の上を車いすや歩行器、手を取り合う支援によって歩む行為と、その後ろに絵の具を用いて記される道の記録にある。利用者一人ひとりに合わせて特別に作られた特製ブラシや道具を用い、試行錯誤を重ねながら創作されたこの作品は、参加者の身体的な動きと絵の具の滲み、交わりによって、次第に虹色の美しい模様へと変化していく。個々の人生の歩みと、その交流による共鳴を視覚的に表現したものであり、まさに人生そのものの多彩さと調和が象徴的に表現されている。 単なる芸術表現を超え、障がいを持つ人々と支援者、そして観る者との深い感動と思索を促す。支援員の方々の献身的なサポートと協働は、作品の核心をなすものであり、その姿勢は、芸術と福祉の融合の理想的なモデルとして高く評価されるべきものである。 作品のタイトル「傍、行きて、春、その時まで」には、隣にいる人と共に歩み続けるという、生命の連続性と希望を象徴する意味が込められていると同時に、「春」「その時まで」という表現には、人生の終焉を迎える時まで、あるいは障がいに対する偏見や差別が根絶されるその日まで、という願いと決意が内包されている。芸術を通じて社会的な偏見を俯瞰し、共生と理解の未来を模索する作品。

作 家:越智 良江(劇作家・演出家)
俳 優:春日井一平さん、大石丈太郎さん
ダンス:石川かおりさん
映 像:山本宏高さん

越智良江

劇作家・演出家

広島⽣まれ・東京在住。(⼀財)地域創造リージョナルシアター派遣アーティスト。瀬戸内国際芸術祭、新潟越後妻有大地の芸術祭、UNMANNED無⼈駅の芸術祭など、各地での固有の創作を得意とする。放課後児童クラブ・⾼齢者施設・養護施設・企業・公共ホール等の WS やアウトリーチも数多く⾏う。今後の活動に新潟市「小須戸ARTプロジェクト」、⻘森県⼋⼾市はっち開館15周年記念 「ア・ライブ」、香川県直島町 直島こども劇団「(タイトル未定)」など。
instagram: @ochiyosshii

ナナイロマグ編集部
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